福岡208号 早津江川橋
上部工(P3-A2)工事

工事概要

工事概要

早津江川橋 完成イメージCG

工事件名 福岡208号 早津江川橋上部工(P3-A2)工事
工事場所 福岡県大川市大字大野島地先~佐賀県佐賀市諸富町大字為重地先
工  期 平成28年2月26日 ~ 令和2年9月30日(予定)
構造形式 鋼4径間連続中路式アーチ橋
橋長:448m
鋼重:約5,880t
発注者 国土交通省 九州地方整備局 福岡国道事務所
受注者 日塔・宇部・日橋特定建設工事共同企業体

※略称について
日塔:日本鉄塔工業株式会社
宇部:宇部興産機械株式会社
日橋:日本橋梁株式会社

早津江川橋 概要図 図面

有明海沿岸道路の概要

有明海沿岸道路は、重要港湾三池港、九州佐賀国際空港など広域交通拠点および有明海沿岸道路の都市群を 連携する地域高規格道路有明海沿岸道路の一部を構成すると共に、一般国道208号の交通混雑の緩和および交通安全の確保を目的とする道路です。平成29年度までに福岡県内沿線4市の大牟田市、みやま市、柳川市、 大川市が高速道路で直結し、全体(福岡県内)の約8割にあたる23.8kmが暫定2車線で開通しています。

橋梁デザイン

早津江川橋のデザインコンセプトは、「三重津海軍所跡に馴染む緩やかなラインが美しく見える橋」です。透過性を高めるためにシンプルな1連(単弦)アーチを採用することで周辺環境と調和させています。また、下から見た時に圧迫感がないよう橋桁高さを抑え、さらに、三重津海軍所跡に橋脚を設けない構造を採用しています。シンボルであるアーチは、六角形断面にすることで様々な角度から光の陰影で変化します。橋桁の塗装色は、周辺に緑が多い場所であるため、緑を基調とした「薄い裏葉色」にしています。

※裏葉色(うらはいろ)とは……木の葉や草の葉裏のような淡くくすんだ薄緑色のこと、別に「うらばいろ」ともいう。

設計・架設デザイン

早津江川橋は鉛直な吊材を採用しており、軟弱な地盤の上に建設されるため、上部工に軽量な鋼橋を採用しつつ、沈下にも対応できる設計にしています。
また、風対策として橋梁側面にフェアリング(空気抵抗を減らす為に被せる部品)を設置することにより応力集中を回避させ、安全性を確保しています。

早津江川橋について

早津江川橋は大川佐賀道路のシンボルとなる主要構造物、県境を流れる早津江川をまたぐ長大橋です。メインとなる河川部の構造形式は鋼4径間連続中路式アーチ橋で、橋長は448mにもなります。

有明海沿岸道路に対する早津江川橋の役割

早津江川橋は、有明海沿岸道路(延長約55km)のうち、国土交通省福岡国道事務所・佐賀国道事務所が整備を進めている『大川佐賀道路(延長約9km)』の一部であり、この橋によって福岡県と佐賀県がつながります。 大川佐賀道路を含む有明海沿岸道路の整備により、有明海沿岸の地域間交流が促進されると共に、佐賀空港や三池港へのアクセス性が改善され、陸海空の広域交通ネットワークが形成されます。

早津江川

早津江川について

早津江川は、九州最大の筑後川水系です。熊本・大分・福岡・佐賀の4県を流れる筑後川(1級河川)は、その源を熊本県阿蘇郡瀬の本高原に発し、高峻な山岳地帯を流下して、日田市において九重連山から流れ下る玖珠川を合わせ典型的な山間盆地を流下。やがて夜明峡谷を過ぎ、佐田川、小石原川、巨瀬川及び宝満川等多くの支川を合わせながら、肥沃な筑紫平野を貫流し、早津江川を分派して有明海に注ぎます。幹川流路延長は143キロメートル、流域面積は2,860平方キロメートルです。

早津江川

近隣名所、漁業など

早津江川は、田園と干拓地を蛇行しながら有明海へと注ぎます。筑後大堰から河口までの区間は、 国内最大の干満差を有する有明海の潮汐の影響を受け約23キロメー トルに及ぶ長い区間が汽水域となり、河岸には干潟が形成されるなど、類い稀な独特の環境を有し貴重な魚類等の生息環境を形成しています。
貴重な魚類として代表的なものが、片口いわしの仲間の「エツ」です。日本では有明海にのみ生息する特産魚で、産卵期は5〜8月、産卵は筑後川においては河口から約20km上流部の淡水域で行うとされています。筑後川や早津江川では5〜7月にかけて、産卵のために河川を遡上するエツが流し刺網により漁獲されています。「エツ」は、刺身、煮物、塩焼きなど様々に調理され、淡白な身でありながら、その中にあるコリッとした小骨の食感は、地元の方々にも愛され続けています。
また、佐賀側には世界文化遺産に登録された「三重津海軍所跡」も観光の名所となっています。

三重津海軍所跡

三重津海軍所跡

佐賀藩三重津海軍所絵図(公益財団法人鍋島報效会 所蔵)

三重津海軍所跡について

三重津海軍所(みえつかいぐんしょ)は佐賀県佐賀市川副町大字早津江字元海軍所に所在し、佐賀藩が1858年(安政5年)に設立した蒸気船等の船の修理・造船施設です。西洋船運用のための教育・訓練機関も兼ね備えており、実用的な国産初の蒸気船である「凌風丸」を製造しました。2000年代に入り発掘・文献調査が進められ、2013年に国の史跡に指定。2015年には「明治日本の産業革命遺産 」として世界文化遺産に登録されました。